RIE NAKAJIMA
私の曾祖母は宮島の人だった、という。
私が広島の人と結婚して東京から宮島のある廿日市市に行く、という話をしたとき、叔父が唐突にこんな話をした。
「宮島の人といっても、本当に島内なのかその近くなのかわからないけど、本人は『宮島から来た』と言っていたよ。東京木場の材木問屋だった、うちの爺さんに連れられてこっちに来たそうだよ。」
叔父が思うに、曾祖母は元芸妓か何かで、いつも長いキセルを吸い、怒るとそのキセルを火鉢にカンッ、と打ちつけては、
「わりゃ、たいがいにせぇや!(※あんた、いい加減にしなさいよ)」
……と、言ったかどうかは知らないが、叔父曰く「よくわからないけど、すごい広島弁」でぴしゃりと言い放つ様子がそれは怖かったらしい。
「当時は宮島から東京にもらわれてきて、今度は東京から向こうにもらわれていくんだねぇ」と感慨深そうに叔父が言い、当時幼くて曾祖母の記憶がない父も、そんな話は初耳の母も、ポカンとして聞いていた。
私も驚いたが、これから縁もゆかりもない土地に赴くという心細さが、少しだけ癒された気がした。
まあ、多少の縁はあったわけだ。
結婚の挨拶に廿日市の夫の実家に行ったときは、てっきり縁もゆかりもない土地だと思っていた。夫が宮島を案内してくれたときも、ふわふわと足元が落ち着かない気持ちでいたのを覚えている。
島内を散策し、「もう少し先に、紅葉谷、いうところがある」と言うので、足を延ばして行くことにした。
だが、それは冬のことで、肝心のモミジは葉が落ちていた。
「今、季節じゃなかったわ。そりゃそうか。」と、夫がはにかんだ笑顔を見せる。
何事もこと細かに計算して動く夫が、モミジのない紅葉谷に行くとは、やはり未来の妻に初めて地元を案内するというので、少し緊張していたのかもしれない。「今度は秋に来よう。」と言って、その場を後にした。
あの頃のフレッシュな青年はどこへ行ったのか。今の夫は「地元の人間は、わざわざ大渋滞の中、紅葉シーズンの宮島には行かんよ。」と言うので、再訪できないままでいた。
秋の宮島に行けたのは、数年前、たまたま仕事で訪れたときのことだ。しばらく室内に籠って仕事をしていたので意識していなかったが、島内の紅葉を見て、秋であることに気がついたのだ。仕事の後、少し時間があったので、例の紅葉谷に行ってみることにした。
正確には紅葉谷公園という。
夫と来たときには寂しい景色だった入り口の朱塗りの小さな橋が、さっそく華やかな紅葉に彩られていた。
中に入ると、モミジやカエデが競うように紅葉している。全盛期の真っ赤な紅葉も良いが、透けるような黄色の葉を、赤い葉がそっと縁取っていく、季節の移ろいを見るのも面白い。
ゆったり泳ぐ池の鯉や小さな滝も楽しみながら歩いたら、久しぶりにちょっといい運動になった。
心地良い疲れの中、ベンチに座って持参した保温ボトルのコーヒーを飲む。少し離れたところで、2頭の鹿が仲良く寄り添って座っている。宮島の鹿は、人が近くにいても気にしない。2頭の鹿と私の3人で、静かな休息時間を共有した。秋の太陽が、ポカポカと赤いモミジを照らしている。

ふと思う。
曾祖母の時代の宮島の紅葉はどうだったのだろう。旦那衆と島内の紅葉を見て歩くこともあったのだろうか。今そこで艶やかに色づいているモミジは、いつからある樹なのだろう。
いずれにせよ、夫が横にいなくても、居心地の悪さを感じることなく鹿と一緒にくつろげるくらいには、私も宮島の馴染みになった。なんせ、一年で一番賑わうという秋の宮島も知っている。
私はそれを、誇らしく思った。