【宮島で、暮らす。第一回】観光客が消えた宮島で。秘密のゲートと台風を楽しむマニアックな旅
宮島と聞けば、大鳥居や嚴島神社を思い浮かべる人が多いでしょう。
けれど、ずっとここにいると、それだけではない景色がたくさん見えてきます。
朝、店を開ける人。道端で立ち話をする人。
昨日までなかったものができたり、昔からあったものがなくなったり。
観光客のみなさんが帰ったあとも、島ではいつもの一日が続いています。
町家通りで「ぎゃらりぃ宮郷」を営みながら、そんな島の日々を眺めてきました。
たいそうな話ではありません。
けれど、せわしない旅の途中でそっと深呼吸してもらえるような、
そんな話をぼちぼち綴っていければと思っています。
ぎゃらりぃ宮郷・店主 宮郷哲弥
【宮島で、暮らす。第一回】
観光客が消えた宮島で。秘密のゲートと台風を楽しむマニアックな旅
夏が過ぎると、いよいよ台風の季節。
普段は穏やかな瀬戸内海ですが、いざ台風が直撃、あるいは近くを通過するとなれば話は別。牙を剥いたように暴風雨で大荒れすることもあります。
そうなると、海に囲まれた宮島は一瞬で「孤立状態」に。
本土を結ぶ唯一の交通手段である連絡船がストップするため、島外から働きに来ている方や観光客の皆さんは、帰宅困難になる前に一斉に島から脱出することになります。まさに時間との戦いです。
そのため、運営会社によって欠航が決まったら島内放送で大急ぎで周知されるのですが、その際は放送を聞き逃さないよう、誰もが細心の注意を払う必要があります。
さて、連絡船が途絶えた後の宮島は、それまでの賑わいが嘘のように静まり返ります。観光客がいないのですから、お店も早々にシャッターを下ろします。
ここからが島民の本格的な台風対策。潮位が上がって海水が流れ込んでくるのを防ぐため、店先や玄関先に土嚢(どのう)や防潮板をフル装備し、窓ガラスにはベニヤ板や段ボールを貼りまくります。いつものお祭りのように賑やかな表参道商店街も、この時ばかりはピリピリとした緊張感に包まれるのです。
中でも圧巻なのが、御笠の浜、石鳥居手前の地面に埋め込まれている「陸閘(りっこう)」という電動油圧シリンダー起伏式の防潮ゲートがせり上がる姿です。
宮島の商店街は海面からそれほど高くないため、大潮と台風が重なると、家や店の中まで海水が上がってしまいます。それを堰き止める最後の砦が、この陸閘です。
実はこのゲート、普段は表面が砂でカモフラージュされており、そこに防潮ゲートがあることすら気づかせません。有事にだけウィンウィンと起動するその姿は、まるでSF映画の秘密基地のよう。男心が最高にそそられる瞬間です。
ただ、そんな周囲の緊張感をよそに、鹿たちだけは「あ、雨降ってきたな」くらいの涼しい顔で、いつも通り我関せずの雨宿り。そのブレないメンタルは、少し見習いたいものです。
こんなピンと張り詰めた空気感と、マイペースな鹿が同居する宮島は、台風の時にしか見ることができません。
いつもと違う宮島に興味のある方は、あえて台風の日に一泊し、人影が消えてしんと静まり返った町の非日常なコントラストを窓越しに味わいながら、お部屋で心ゆくまで贅沢なおこもり時間を過ごす――そんなマニアックな旅をしてみるのも面白いと思います。
【MIYAJIMA_PEOPLE_vol.2】「宮島は変わってもいい、と気づいたときは衝撃でした」。“揚げもみじ”の生みの親であり、島民と新規参入者をつなぐ存在に/竹内基浩さん[紅葉堂五代目代表]
宮島で暮らす人、働く人、ものをつくる人。
この島には、それぞれの立場から宮島を見つめ、日々を重ねている人たちがいます。
観光で訪れるだけでは見えてこない風景。
島にいるからこそ感じる変化。
これからも残したいもの、新しくつくっていきたいもの。
島を想い、島をつくる人に聞くインタビューシリーズ「MIYAJIMA PEOPLE」。
第二回のゲストは、紅葉堂(もみじどう)五代目代表の竹内基浩さんです。
竹内基浩さん
1912年の創業から100年以上続く宮島の老舗「紅葉堂」五代目。宮島で生まれ育ち、大阪の製菓学校で学んだ後、ホテルなどでの勤務を経験。26歳で宮島に戻ってからは、「揚げもみじ」を考案して大ヒットさせ、現在では「紅葉堂」や「MAGOJii cafe & gallery」など8店舗を運営している。自身が育った昔ながらの宮島の良さも知りつつ、これからの宮島を若い人たちと盛り立てたいと願う竹内さんに、ご自身のことや宮島の魅力について聞いた。
宮島を離れて気づいた
もみじ饅頭への思い
──「紅葉堂」を継ぐことは、若い頃から考えていたのでしょうか?
子どもの頃から宮島にいたので、家業を継ぐことは自然なことだと思っていました。当時の島には、うちのような饅頭屋や旅館、土産物屋が多くて、同級生もそれぞれ家を継ぎ、祭りがあればみんなで集まる。親たちと同じように、自分たちもそうして暮らしていくものだと思っていたんです。
ただ、両親や親族、ベテランのパートさんがいて、私がいなくても店は回っていました。それで卒業後はいったん島を出て、大阪の製菓学校へ。その後はホテルのパン部門や飲食店などで働きました。
──島を離れたことで、見えてきたものはありましたか?
「宮島の饅頭屋の息子です」と話すと、「ああ、もみじ饅頭ね。知ってるよ」と言ってもらえるんです。でも話していると、「この人、あんまり食べていないな」と感じることもあって。それが悔しかったですね。
昔のもみじ饅頭は、焼きたてはおいしくても、包装が今ほど良くなかったので、時間が経つと乾燥しやすかった。饅頭屋の子どもたちは、そんな饅頭をストーブであぶって、おやつにしていたんです。後の「揚げもみじ」につながる原体験は、そこにあったと思います。
創業期から受け継がれるもみじ饅頭の金型
店を立て直すために開発した
『揚げもみじ』が新しい名物に
──最初から「宮島の新しい名物をつくろう」と考えていたのでしょうか?
いや、全然違います(笑)。26歳で店に戻ってみると、思っていたより売上が良くなかったんです。焼き色が悪くて商品にできず、廃棄になるもみじ饅頭もあった。それを「何とかできないか」と考えたのが始まりでした。
どうせつくるならおいしいものにしたいと、フレンチや和食の料理人をしていた同級生に協力してもらって、揚げたてで一番おいしくなる衣を研究しました。横川の居酒屋「もり蔵」の店主も同級生で、彼からもアイデアをもらいながら、今の配合にたどり着いたんです。最初はパックで売ろうと思っていたのですが、近所の食堂で働いていた年配の女性から「串に刺したらいいよ」と言われて、今の形になりました。
母親と一緒にのぼりを手作りして、2001年の大晦日の夜に販売を始めました。すると朝まで行列が続いて、一晩で2500個売れたんです。小さな鍋でずっと揚げ続けるのは大変でしたけど、あのときは本当にうれしかったですね。
「揚げもみじ」
「宮島も変わっていい」。新しい店から受けた衝撃
──その後、宮島には新しい店も増えていきました。
伊都岐(いつき)珈琲さんや牡蠣屋(かきや)さんのような、新しくておしゃれな店ができたときは衝撃でした。「あ、宮島も変わっていいんだ」と。島の中で育ったので、それまではなんとなく「宮島は変わってはいけないもの」だと思っていたんですよね。
でも考えてみれば、宮島だって長い歴史の中で、時代時代で様々に変わり続けてきた。だったら、変わっていいんです。今振り返ると、自分ももっと堂々と新しいことを始めればよかったと思いますね。
誤解のないように言うと、宮島の自然やその生態系は変わってはいけないと思っています。平清盛は嚴島神社を建てるとき、ご神体である島そのものを傷つけないように海上に建設したくらいですから。我々は、そうした先人の積み上げの上で生活させてもらっていることを忘れてはいけないと思います。
──近年、宮島だけでなく、関東や関西でも揚げたもみじ饅頭が扱われるようになってきました。
そうですね。そうなったことは一つの食文化を作ったと、誇らしく思っています。今後も、その自負と誇りをもって努めていきたいですね。
実は、一つ夢がありまして、広島でお好み焼きといえば「みっちゃん総本店」と言われるように、私の名前が基浩なので、宮島の揚げもみじといえば「もっちゃん」と言われるようになりたいんです(笑)。それで、宮島口に揚げもみじの専門店を出したりもしています。売上的には揚げもみじだけに絞ってもよかったのですが、一方で饅頭屋として、従来のもみじ饅頭にも力を入れ、幹を太くしていきたいとも思っています。
もみじ饅頭の「幹」を、もっと太くするために
──従来のもみじ饅頭にも、さまざまな改良を加えているそうですね。
若い頃に感じた悔しさを、どこかで払拭したかったんだと思います。まず材料を見直して、広島産の卵や瀬戸内の小麦を使うようにしました。ただ、質の良い卵は生地にハリが出る分、硬くなりやすいんです。紅葉堂は昔から、ふわふわとした柔らかいカステラ生地が持ち味なので、攪拌の回数などを調整しながら、味と食感を両立させていきました。
2023年には、自社の製餡工場「稲葉製餡所」もつくりました。宮島のもみじ饅頭に使われる餡には、水にさらしてえぐみを抑える「さらし餡」という特徴があります。そのさらす時間や砂糖の量を調整して、よりコクのある餡に仕上げました。
2025年には「MAGOJii cafe & gallery」をオープンし、その餡を使ったスイーツも提供しています。
町家通りにある「稲葉製餡所」
「MAGOJii cafe & gallery」で提供されているスイーツ
子どもたちに「懐かしい」と
感じてもらえる空間づくり
──2026年には本店もリニューアルされました。
40年ぶりのリニューアルです。工場を店の外に移したので、その分、改良したもみじ饅頭の生地を試食していただけるコーナーや、ゆったりしたイートインスペースを設けました。それこそ『揚げもみじ』の本拠地として、記憶に残る印象的な内装にしたくて、「MAGOJii cafe & gallery」に作品を置かせてもらっている金属造形作家の辻陽水さんにお願いして、製造実演場に銅板のファサードも作ってもらいました。
壁や天井には経年変化を楽しめる無垢材を使い、宮島を訪れた子どもたちが大人になって再び訪れたときに「懐かしいな」と思い出してもらえるような空間を目指しています。
「紅葉堂本店」店内
これからの宮島をつくるために
若い人たちに挑戦してもらいたい
──竹内さんにとって「懐かしい宮島」とは、どんな宮島でしょう。
人と人とのつながりですね。昔は何かあれば島の人が自然と集まり、協力するのが当たり前でした。それがずっと続くものだと思っていました。でも、自分が子どもの頃には3500人ほどいた島の人口も、今では1300人ほど。高齢化も進んでいて、島では40~50代でも「若者」と言われるくらいです。
もっと20代、30代の人が増えるといいですよね。宮島出身かどうかは、あまり関係ないと思っています。外から来て事業を始める人も増えていますし、昔から島に住んでいる人だけでなく、宮島のことが好きで島を大切にしてくれる人と一緒に盛り立てていけたら。
いつか若い人たちが島を離れたとしても、「帰ってきたい」「懐かしい」と思える宮島であってほしいんです。そのためには、お店だけでなく、祭りや地域のつながりも残していくことが大切だと思っています。
毎年大晦日に行われる宮島の伝統行事「鎮火祭」(竹内さん提供)
──最後に、宮島の好きなところを教えてください。
千畳閣ですね。豊臣秀吉が建てた、丘の上の神社です。昔はおおらかだったので、雨の日は地元の子どもたちと境内でよく遊んでいました。建物の中は広大で、大きな絵馬やしゃもじもあり、面白いですよ。
それと、光明院の近くに、宮島で井戸を掘ったり、特産品の杓子(しゃくし)を考案したりしたお坊さんの誓真さんを祀った石碑(誓真大徳碑)があるのですが、ここからの景色が良い。海と宮島の町並み、それに千畳閣や五重塔も見渡すことができます。住民は昔からなぜか「隠居場」と呼んでいる穏やかな場所で、春には桜もきれいですよ。
宮島の古刹「大聖院」を五感でめぐる。歩いて、触れて、祈る特別な体験/大般若経筒・戒壇めぐり・遍照窟・一願大師
日常の忙しさを離れ、心をリフレッシュしたくなることはありませんか?
嚴島神社の奥に佇む大聖院は、1200年以上の歴史を持つ宮島の古刹。静かな境内を歩いていると、自然と気持ちが落ち着いていきます。
お寺の中には、回すことで功徳が得られる「大般若経筒(だいはんにゃきょうづつ)」、暗闇の中を歩く「戒壇(かいだん)めぐり」、四国八十八ヶ所霊場を巡ったのと同じご利益があるとされる「遍照窟(へんじょうくつ)」、そしてたった一つだけ願いを叶えてくれる「一願大師(いちがんたいし)」があります。
歴史ある寺院を歩きながら五感をひらき、自分自身と静かに向き合う。大聖院で、心に余白をつくる時間を過ごしてみませんか。
運気を上げながら階段を上る――
大聖院の参道を彩る「大般若経筒」
仁王門をくぐり、本堂へ続く階段の傍らに並ぶ「大般若経筒」。金色の筒には、仏教の経典『大般若経』が納められています。
一生をかけても読みきれないほど膨大なお経ですが、筒を一つずつ回すことで、経典を読んだのと同じ功徳が得られるとされています。
指先で筒に触れ、ゆっくりと階段を上る。小さな動作を重ねるうちに、心まで少しずつ整っていくようです。
大般若経筒
一寸先も見えない暗闇へ――
宮島・大聖院「戒壇めぐり」で五感を研ぎ澄ます
階段を上りきると、観音堂の地下にある「戒壇めぐり」へ。
一歩足を踏み入れると、そこは一寸先も見えない暗闇。仏様の胎内をイメージした空間を、壁に手を添えながら慎重に進みます。
視界を閉ざされると、手の感触や足音など、普段は意識しない感覚が際立ってきます。
やがて暗闇の先に、光に照らされた観音様の姿が浮かび上がります。それは、悩みや不安の中にいても仏様が導いてくれる、という教えを表したもの。
奥にある錠前に触れることができれば、仏様とのご縁を結び、ご利益を授かるとも伝えられています。
戒壇巡り入口
幻想的な灯籠の光に包まれる
宮島・大聖院「遍照窟」と四国八十八ヶ所
戒壇めぐりを終え、境内の奥にある大師堂の地下へ。そこに広がるのが「遍照窟」です。
天井を埋め尽くす灯籠がやわらかな光を放ち、四国八十八ヶ所霊場の本尊が静かに並びます。その足元には、それぞれの札所から集められた砂が敷かれています。
大聖院は、四国八十八ヶ所霊場を開いた弘法大師・空海が修行したと伝わる、四国遍路とも縁の深い寺院です。
砂を踏みながら仏様を一体ずつ巡ることで、四国八十八ヶ所をお参りしたのと同じご利益を授かるとされています。
灯籠のあたたかな光の中を静かに歩く時間。宮島にいながら、お遍路の祈りに触れられる場所です。
遍照窟
宮島でたった一つの願いを込めて――
大聖院の願掛けスポット「一願大師」
遍照窟を出たら、大師堂の裏手へ。
そこに静かに佇むのが「一願大師」です。その名の通り、「たった一つ、心からの願いを叶えてくれる」と親しまれています。
普段は、ついあれもこれもと願ってしまうもの。それでも大聖院をゆっくり歩き、心を整えたあとなら、自分にとって本当に大切な願いが見えてくるかもしれません。
一願大師の前でそっと手を合わせ、ただ一つの願いを心に浮かべる。
大聖院を巡る旅の最後に、自分自身の心と静かに向き合う時間が待っています。
一願大師
【DATA】
大聖院
住所/広島県廿日市市宮島町210
TEL/0829-44-0111
「BEAMS JAPAN×宮島」――旅の思い出に持ち帰りたい、ビームス ジャパン オリジナルの銘品をお土産に/ビームス ジャパン 宮島
嚴島神社のほど近く
街並みに溶け込む情緒豊かな外観
白地に黒色で「BEAMS JAPAN」と染め上げられた粋な店頭幕が目印。嚴島神社の奥、老舗旅館が建ち並ぶ閑静な通りの一角に「ビームス ジャパン 宮島」は店を構えています。
古商家の趣をそのまま残す店舗は、宮島を代表する旅館の一つ「岩惣」の別館。玄関の框をそっと上がると、ほのかな白檀の薫りにふわりと包まれます。
年代物の箪笥がディスプレイに使われたシックな店内で、目に飛び込んできたのは……カラフルで、ポップで、パワフルなグッズの数々でした。
旅の思い出と共に持ち帰りたい
宮島・広島ブランドの銘品
思わず連れて帰りたくなる愛らしさ、宮島土鈴「鹿猿」は、宮島で100年続く越智陶芸の三代目店主がひとつずつ手作業で作りあげたもの。「神様を呼び、悪を払う」といわれる縁起物で、素朴な音色に癒されます。
入荷したそばから売りきれてしまう人気商品の一つ。
ビビットな青と黄色が目を引くバッグは、バレーボールの製造で世界一のシェアを誇る、広島のMIKASAの生地を使用しています。
ボールそのままの色と素材を使っているのがなんともユニーク。耐久性や軽さなど性能の高さもポイントです。縫製は広島発のファクトリーブランド「FUKUNARY」が手掛けています。
さらに、宮島土産の代表格「しゃもじ」、福山の老舗デニムメーカーとコラボした「デニムポーチ」……どれもBEAMS JAPANが、広島の工芸品や銘産品を手掛ける事業者とともに企画開発したオリジナル商品。
ビームスらしい遊び心と伝統が融合し、スタイリッシュでありながらどこか懐かしい。そして宮島・広島ブランドの思いと技術が込められた銘品です。
ビームスが宮島から発信する
ジャパンブランドの魅力
ビームスジャパンとは、世界の「良いモノ、コト」を提案してきたセレクトショップ「BEAMS」が日本のプロダクト、カルチャーを紹介するために立ち上げた事業。
店内には宮島、広島だけでなく、日本各地の銘品×BEAMS JAPANのコラボ商品が並び、次々に魅力を主張してきます。
愛知県:『sasicco(さしっこ)』老舗武道着メーカー(株)タネイが手掛けたトートバッグ。柔道着の製造で培った「三河木綿」と伝統の「刺し子織」の技術を活かしている
東京都:ぬいぐるみメーカー(株)童心『クマのフカフカ〜いろあそび〜』
滋賀県:信楽町で製作したビームス ジャパン別注『信楽焼 たぬき』
地元の人も観光で訪れた人も、年齢、出身、国も関係なく、つい手に取ってしまう、そんな品であふれるお店です。旅の記念、大切な人へのお土産を探してみてください。
【DATA】
■ビームス ジャパン 宮島
住所/廿日市市宮島町南町374 岩惣 桜別館1F
TEL/0829-44-1560
営業時間/10:00-17:00
定休日/不定休
【MIYAJIMA_PEOPLE_vol.1】「宮島なら、もっとすごいことができる」――デザイナーから牡蠣屋に転身。年齢を重ねて生まれた郷土愛/大前万象さん[牡蠣屋株式会社・ゲブラ株式会社 代表取締役]
宮島で暮らす人、働く人、ものをつくる人。
この島には、それぞれの立場から宮島を見つめ、日々を重ねている人たちがいます。
観光で訪れるだけでは見えてこない風景。
島にいるからこそ感じる変化。
これからも残したいもの、新しくつくっていきたいもの。
島を想い、島をつくる人に聞くインタビューシリーズ「MIYAJIMA PEOPLE」。
第一回のゲストは、牡蠣屋株式会社・ゲブラ株式会社代表取締役の大前万象さんです。
大前万象さん
宮島対岸の廿日市市生まれ。東京の広告代理店に就職後、2008年、宮島で「牡蠣屋」をオープン。その後、島内に4店舗を展開するドリンクバー「GEBURA」や絶景古民家カフェ「牡蠣祝」などを開業している。「GEBURA」では宮島のゴミ問題軽減のため、はじめに提供されたカップを持参すれば、200円でお代わりできるシステムを導入して話題を呼んだ。進化し続ける宮島を第一線で率いてきた大前氏に、店舗運営の経緯や宮島への思いを聞いた。
東京のオイスターバーブームに直面し
「宮島なら、もっとすごいことができる」と確信
──宮島に出店した経緯を教えてください。
東京でデザイナーとして仕事をしていたとき、都内でオイスターバーブームが起こったんです。流行っていたので私も行きましたが、宮島を知る者としては違和感を覚えました。叔父が宮島の店で牡蠣を焼いていたので、私も幼い頃から手伝いに行き、何度も宮島の牡蠣を食べていたのです。だからこそ、「宮島なら、もっとすごいことができる」と確信し、広島に戻ることを決めました。
鮮度と作りたてにこだわる牡蠣専門店
「牡蠣屋」を表参道商店街にオープン
表参道商店街にあった倉庫を宮島在住の建築士、中本一哉さんに改装してもらい、牡蠣専門の「牡蠣屋」をオープンしました。私は料理人出身ではないですが、牡蠣に関しては自信がありました。牡蠣は水揚げされたばかりの新鮮なものを強火で焼いて、すぐに食べるのが一番旨い。それを徹底すれば、絶対にうまくいくと思っていました。
ただ、当時の宮島には牡蠣専門店はなかったので、母や叔父には「うどんとカレーは出さないと」「あなご丼を出せばいいのに」と、しょっちゅう言われていました(笑)。実際に、最初の数カ月から1年くらいは、お客様がほとんど入らなかったんですよ。当時から爆発的にヒットしていた揚げもみじの仕掛け人である、紅葉堂の竹内社長が「最初から売れるわけじゃないから、大丈夫」と励ましてくださって、救われましたね。
「牡蠣屋」では、現在でも牡蠣料理のみを提供
フリーペーパーへの出稿で店が好転
海と五重塔を見下ろす絶景カフェが話題に
──何が転機となったのでしょうか?
店の状況が大きく変わることになったきっかけが、フリーペーパーへの出稿でした。デザイン経験を生かして、自分で写真にもこだわり、限定の定食をつくって提供したんです。すると、びっくりするくらいの反響があり、多くのお客様に来ていただけるようになりました。1996年に宮島が世界遺産に登録され、静かだった宮島にちょうど来島者が増えてきた頃のことで、とても幸運だったと思います。
ただ、牡蠣って結構、扱うのが大変なんです。私もシーズン初めの生牡蠣が大好きですし、とても魅力的な食材ですが、一方で殻が重くて処理が大変だったり、仕入れも安定しにくかったりして、考えなければいけないことが多い。だから、同じ形態の「牡蠣屋」を増やそうとは考えませんでした。2014年に出店した「牡蠣祝」は、同じ牡蠣でも、お土産にできる牡蠣のオイル漬けをメインとしています。フルリノベーションした古民家の雰囲気と、瀬戸内海と五重塔が見渡す絶景が自慢の店です。
「牡蠣祝」
「GEBURA」名物・レモンソーダの
前身となった、かき氷が大ヒット!
──大前さんといえば、宮島で広島レモンをいち早く取り入れたことも印象的です。
レモンは牡蠣にかけるので、常に仕入れていたんです。当時は海外産のレモンだったのですが、あるときから広島のレモンに変えました。このレモンをシロップ漬けにして、当時は珍しかったふわふわの氷にかけたかき氷が、「牡蠣屋」で人気となりました。私はおばあちゃんっ子で、昔から果物や梅を漬けるのが好きだったんですよね。かき氷は一日何百食、花火大会の日には何千食と出るようになったのですが、氷を削るのが大変で、スタッフが腱鞘炎になってしまったんですよ。
そこで、自家製のレモンシロップを炭酸で割ったドリンクを出すことにしたんです。ミントを加えて、広島レモンモヒートも作ったところ、お客様がSNSで広めてくださり、人気に火がつきました。そこで、ドリンクを出すために他に店舗を借りることにしたんです。
カップを繰り返し使えるシステムで
宮島のゴミ問題に取り組む
──2017年にオープンさせた「GEBURA」では、最初に提供したカップを持参すると、200円でお代わりができるというシステムも画期的でした。
私がこのシステムを考えたきっかけは、宮島のゴミ問題です。ゴミは基本的に各店で対処していて、うちでも桟橋から宮島水族館まで、専任のアルバイトの方に拾ってもらっています。お客様が商品をシカに取られてしまって、取り返せなかったものがゴミになる場合もあり、課題になっていました。このシステムがあれば、お客様が「GEBURA」各店でお代わりしながら休憩できるので、便利にご利用いただけると思います。
宮島は厳島神社の建築と自然のすばらしさに加えて、島を散策しながらさまざまな「食」を楽しめるのが魅力です。これをサステナブルな仕組みにするために、少しでも貢献できたらと思っています。
「GEBURA」
盟友と共に、これからの宮島を思う日々
──先日は、宮島の観光協会の理事に就任されたそうですね。
若い頃は島のコミュニティに参加する余裕がなかったのですが、お世話になっている紅葉堂の竹内さんに「そろそろ、そういうことも考えないと」と言われて、気持ちを入れ替えることにしました。観光協会の理事に就任したのもそのためです。今は「牡蠣屋」と「牡蠣祝」、「GEBURA」のほかに、宮島で複数のカフェを出している伊都岐珈琲の佐々木社長と一緒にカフェも2店舗運営しているのですが、佐々木さんは本当に面白い人で、盟友のような存在です。私や佐々木さん、建築士の中本さんの世代が、まだまだ率先して面白いことをやって、新しく宮島に参入する若い人たちに興味を持ってもらえたらいいですね。
宮島はポテンシャルの高い場所で、新しく挑戦する人たちも増えています。外から来ると、馴染めないんじゃないかと心配する人もいるかもしれませんが、もし何か行き違いがあっても、宮島の人はカラッとしていて、引きずらないんです。あまり気にしないで、同じ島の人間だと思って励めばいいんじゃないかと思いますね。
日の出前の静かな宮島にリセットされる
──最後に、宮島の好きなところを教えてください。
昔はそうでもなかったのですが、年齢を重ねると共に、宮島に対して郷土愛のようなものが生まれてきたような気がします。うまく言葉に表現できないのですが、宮島行きのフェリーに乗るとき、「やっぱり宮島っていいな」と温かい気持ちになるんです。日中はおかげさまで観光のお客様で賑わっていますが、私が好きなのは朝5時頃の静かな宮島です。日が昇る前の鏡面のような海に、鳥居が建っている様子を見ると、昔の人々が築き上げてきた宮島の良さを感じます。毎朝5時に全店をまわるのが、私にとっては、心身がリセットされる大切な時間です。
「牡蠣屋」「牡蠣祝」「GEBURA」など、各系列店舗で無料配布している宮島の観光案内図。使用されているイラストはすべて大前さんが描いたもの
宮島の馴染みになった日。夫がはにかんだあの日から十数年、秋の紅葉谷でくつろぐ2頭の鹿と私
私の曾祖母は宮島の人だった、という。
私が広島の人と結婚して東京から宮島のある廿日市市に行く、という話をしたとき、叔父が唐突にこんな話をした。
「宮島の人といっても、本当に島内なのかその近くなのかわからないけど、本人は『宮島から来た』と言っていたよ。東京木場の材木問屋だった、うちの爺さんに連れられてこっちに来たそうだよ。」
叔父が思うに、曾祖母は元芸妓か何かで、いつも長いキセルを吸い、怒るとそのキセルを火鉢にカンッ、と打ちつけては、
「わりゃ、たいがいにせぇや!(※あんた、いい加減にしなさいよ)」
……と、言ったかどうかは知らないが、叔父曰く「よくわからないけど、すごい広島弁」でぴしゃりと言い放つ様子がそれは怖かったらしい。
「当時は宮島から東京にもらわれてきて、今度は東京から向こうにもらわれていくんだねぇ」と感慨深そうに叔父が言い、当時幼くて曾祖母の記憶がない父も、そんな話は初耳の母も、ポカンとして聞いていた。
私も驚いたが、これから縁もゆかりもない土地に赴くという心細さが、少しだけ癒された気がした。
まあ、多少の縁はあったわけだ。
結婚の挨拶に廿日市の夫の実家に行ったときは、てっきり縁もゆかりもない土地だと思っていた。夫が宮島を案内してくれたときも、ふわふわと足元が落ち着かない気持ちでいたのを覚えている。
島内を散策し、「もう少し先に、紅葉谷、いうところがある」と言うので、足を延ばして行くことにした。
だが、それは冬のことで、肝心のモミジは葉が落ちていた。
「今、季節じゃなかったわ。そりゃそうか。」と、夫がはにかんだ笑顔を見せる。
何事もこと細かに計算して動く夫が、モミジのない紅葉谷に行くとは、やはり未来の妻に初めて地元を案内するというので、少し緊張していたのかもしれない。「今度は秋に来よう。」と言って、その場を後にした。
あの頃のフレッシュな青年はどこへ行ったのか。今の夫は「地元の人間は、わざわざ大渋滞の中、紅葉シーズンの宮島には行かんよ。」と言うので、再訪できないままでいた。
秋の宮島に行けたのは、数年前、たまたま仕事で訪れたときのことだ。しばらく室内に籠って仕事をしていたので意識していなかったが、島内の紅葉を見て、秋であることに気がついたのだ。仕事の後、少し時間があったので、例の紅葉谷に行ってみることにした。
正確には紅葉谷公園という。
夫と来たときには寂しい景色だった入り口の朱塗りの小さな橋が、さっそく華やかな紅葉に彩られていた。
中に入ると、モミジやカエデが競うように紅葉している。全盛期の真っ赤な紅葉も良いが、透けるような黄色の葉を、赤い葉がそっと縁取っていく、季節の移ろいを見るのも面白い。
ゆったり泳ぐ池の鯉や小さな滝も楽しみながら歩いたら、久しぶりにちょっといい運動になった。
心地良い疲れの中、ベンチに座って持参した保温ボトルのコーヒーを飲む。少し離れたところで、2頭の鹿が仲良く寄り添って座っている。宮島の鹿は、人が近くにいても気にしない。2頭の鹿と私の3人で、静かな休息時間を共有した。秋の太陽が、ポカポカと赤いモミジを照らしている。
ふと思う。
曾祖母の時代の宮島の紅葉はどうだったのだろう。旦那衆と島内の紅葉を見て歩くこともあったのだろうか。今そこで艶やかに色づいているモミジは、いつからある樹なのだろう。
いずれにせよ、夫が横にいなくても、居心地の悪さを感じることなく鹿と一緒にくつろげるくらいには、私も宮島の馴染みになった。なんせ、一年で一番賑わうという秋の宮島も知っている。
私はそれを、誇らしく思った。
次の宮島は、少し高いところまで。手つかずの自然が残り伝説と歴史が息づく宮島の最高峰・弥山へ/宮島ロープウエー・弥山本堂
弘法大師(空海)によって開山され、山岳信仰の霊峰として崇められてきた弥山。標高は535mあり、宮島の最高峰として知られています。深い原始林に包まれ、多くの伝説と歴史が息づく神秘的な山をロープウエーと徒歩で巡ってみませんか。
原始林や多島美を眺めながら2種類のゴンドラを乗り継ぐ
出発は、山麓にある紅葉谷公園から。初夏には緑が輝き、秋には紅葉が広がる、四季折々の自然が美しい公園です。
その先にあるのが、宮島ロープウエーの紅葉谷駅。ここから循環式と交送式の2種類のゴンドラを乗り継いで、終着駅の獅子岩駅を目指します。
紅葉谷駅から中間地点の榧谷駅までは目下に広がる手つかずの原始林を、榧谷駅から獅子岩駅までは瀬戸内の多島美を楽しめます。
2026年3月には、18年ぶりに交走式のゴンドラをリニューアル。和の趣漂うデザインになり、「空号」「海号」と名付けられました。
山頂まで続く登山道沿いには神社・仏閣・史跡などが点在
獅子岩駅から弥山山頂までは、歩いて約30分の距離。
登山道には、弘法大師(空海)が100日間修行を積んだ場所として知られる弥山本堂、鬼の神を祀る全国でも珍しい三鬼堂、ほんのわずかな接点支えられているくぐり岩、潮の満ち引きに合わせて穴の中の水位が変わる干満岩など、神社や仏閣、史跡、巨岩、奇岩が点在しています。
気になるスポットに立ち寄りながら登っていくと、山頂まではあと少し!
目の前に広がる雄大な自然360度の大パノラマに感動
山頂には3階建ての展望台があり、360度の大パノラマが広がります。
瀬戸内海と島々が織りなす景色は、ため息が出るほどの美しさ。初代内閣総理大臣である伊藤博文も弥山を訪れ、山頂からの眺めを「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と感嘆したほど。
展望台の2階は休憩スペースになっていて、靴を脱いでくつろいだり、お弁当を食べたりすることができます。次の宮島は、少し高いところまで。心地よい風を感じながら絶景を楽しんでみて。
【DATA】
弥山
TEL/0829-44-2011(宮島観光協会)
【DATA】
宮島ロープウエー
TEL/0829-44-0316
運行時間/9:00~16:00(下り最終時間は16:30)
運賃/大人(中学生以上)往復2000円・片道1100円、小人(小学生)往復1000円・片道550円
宮島の涼を求めて――夏はもちろん、寒い冬にも食べたい!ひんやりスイーツ5選
もみじ饅頭屋が作ったソフトクリーム、素材のおいしさを凝縮したジェラート、フォトジェニックなお茶パフェ……。暑~い夏も、寒~い冬も、散策途中に食べたいひんやりスイーツを集めました。宮島の涼を求めて、あなたはどれ食べる?
自慢の白あんがソフトクリームに!
季節ごとに登場する限定味も人気/にしき堂 宮島店
白あんソフト 360円~
宮島店限定の白あんソフトは、自社で製あんした白あんをミルクソフトにブレンド。白あんの優しい甘さが口の中にふわっと広がります。つぶあんともみじやきをトッピングしたスペシャルカップでどうぞ。春は桜、夏は八朔、秋は栗のモンブランなど、季節ごとに登場する限定ソフトもお楽しみに。
【DATA】
■にしき堂 宮島店
住所/廿日市市宮島町1165-2
TEL/0829-30-6777
営業時間/10:00~18:00 ※ソフトの提供は~17:00(火曜は~16:00)
休み/なし
■MAP
https://miyajima-note.com/?map_area=ferry-terminal&shop_id=222
ふっくらもみじ饅頭に
冷た~いアイスをサンド/だいこん屋
あいすさんどもみじ 各500円
こしあん入りのもみじ饅頭に、大きなアイスクリームを大胆に挟んだひと品。しっとりとした食感のもみじ饅頭に、じんわり溶けるアイスの甘みがたまりません。イチゴを一緒に挟んだバニラと味と、求肥を一緒に挟んだ抹茶味の2種類を用意。袋に入れて提供されるので、食べ歩きにもぴったりです。
【DATA】
■だいこん屋
住所/廿日市市宮島町461-1
TEL/0829-44-2161
営業時間/9:00~17:00
休み/不定
■MAP
https://miyajima-note.com/?map_area=omotesando-shopping-street&shop_id=256
こしあん×ミルクの黄金比
もみじ饅頭屋の和風ソフト/紅葉堂 海岸通り店
金のこしあんソフト 450円
自家製のこしあんを練り込んだソフトクリーム。こしあん:ミルクの割合は1:9。こしあんの風味が最もおいしく感じられるように計算されています。島内で食べられるのは海岸通り店のみ。ほんのりと香るこしあんの風味と、少しざらっとした独特の食感を堪能あれ。
【DATA】
■紅葉堂 海岸通り店
住所/廿日市市宮島町1183-11
TEL/なし
営業時間/10:00~16:00 ※季節により変動
休み/不定
■MAP
https://miyajima-note.com/?map_area=ferry-terminal&shop_id=227
レモンがキューっと酸っぱい
果実感あふれるジェラート/BACCANO
ジェラートシングル 広島レモン 500円
香料や着色料を使わず、素材のおいしさを追求する手作りジェラート専門店。宮島散策に疲れたとき、ぴったりなのが、尾道市瀬戸田町のレモンを使った果汁100%のフレーバー「広島レモン」です。レモンの酸っぱさがキューっとくる爽快さと、滑らかな口当たりがポイント。コーンとカップから選べます。
【DATA】
■BACCANO
住所/廿日市市宮島町幸町西浜435-3
TEL/0829-44-2880
営業時間/11:00~17:00
休み/不定
■MAP
https://miyajima-note.com/?map_area=machiya-street&shop_id=239
抹茶、ほうじ茶、玄米茶
3種のお茶がふわりと香る/CAFE HAYASHIYA
tea’sパフェ 1880円
抹茶、ほうじ茶、玄米茶の3種類のお茶の味が楽しめる和テイストのパフェ。京都・宇治産の抹茶を使用した抹茶グラノーラ、抹茶ロールケーキ、玄米茶とほうじ茶のジェラートなどが美しく重なり、口の中に次々とお茶の味と香りが広がります。トップにそびえるバンビクッキーもかわいい!
【DATA】
■CAFE HAYASHIYA
住所/廿日市市宮島町504-5
TEL/080-1932-0335
営業時間/11:30~17:00(LO16:20)
休み/休業中につきInstagramで営業日をご確認下さい
■MAP
https://miyajima-note.com/?map_area=machiya-street&shop_id=242
宮島×秀吉の関係とは!?遥かな歴史に思いを馳せて、豊臣秀吉ゆかりの場所へ/豊国神社(千畳閣)・塔之岡茶屋
心地よい風が通り抜ける未完成のままの大経堂
フェリーを降りて、嚴島神社方面へ歩いていると、小高い丘の上に存在感を放つ建物が見えてきます。
ここは、天正15(1587)年に千部経の読誦を目的として、豊臣秀吉が建造を命じた大経堂。秀吉の急死により工事が中断したため、天井板などが張られておらず、未完成のまま今に至っているそうです。
靴を脱いで中に入ると、ひ、広い~。壁がほとんどないので、とんでもなく開放的な空間が広がっています。畳857枚分の広さがあることから、別名「千畳閣」と呼ばれているんですよ。
時が止まったような空間で貴重な大杓子や絵馬を鑑賞
もとは大経堂(仏堂)でしたが、神仏分離令以降に堂内の仏像を大願寺に遷し、現在は豊臣秀吉と加藤清正が祀られています。
参拝後は、ぜひ広い社殿内を歩いてみて。
巨大な杓子が奉納されていたり、大鳥居を再建する際に使用された尺杖(建築の際に用いる大型の物差し)が置かれていたり、天井にはたくさんの絵馬や干支恵方盤が掲げられていたり……と見所満載。
壮大な建築と貴重な展示物を見ていると、宮島の歴史の奥深さを感じることができます。
四季折々に移り変わる宮島の自然にうっとり
そして、見逃せないのが、嚴島神社や五重塔、瀬戸内海などを一望する社殿からの景色!
春は桜、秋は銀杏と四季折々の自然を楽しめますが、個人的には春から夏にかけての新緑がおすすめ。
眩しい緑色が床に反射するさまは、ため息が出るほどの美しさです。
壁板がないため、風がすーっと通り抜けていくのも魅力。
旅の合間、心地よい天然のクーラーを浴びながら、ゆっくりと時間を過ごしてみては。
秀吉が大工にふるまった宮島最古のスイーツを
豊国神社を訪れた後は、すぐ側にある甘味処「塔之岡茶屋」へ。
時代劇に出てきそうな昔ながらの佇まいがたまりません。
こちらの名物は、秀吉が大経堂の建造を命じた際に、大工たちにふるまったと伝えられる力餅(650円)。
「太閤の力餅」とも呼ばれ、400年以上前には食べられていたとされる宮島最古のスイーツです。
自家製の弾力あるお餅にきな粉をまぶし、砂糖をかけたシンプルなおやつで、優しい甘さが口いっぱいに広がります。
不思議と力がみなぎってきたような……。当時の大工たちに思いを馳せながら、頬張ってみて。
【DATA】
■豊国神社(千畳閣)
住所/廿日市市宮島町1-1
TEL/0829-44-2020
拝観時間/8:30~16:30
休み/なし
昇殿料/高校生以上100円、小・中学生50円
■塔之岡茶屋
住所/廿日市市宮島町大町419
TEL/0829-44-2455
営業時間/10:00~15:30
休み/不定
宮島とフランス――約9,700キロメートル離れた二つの世界遺産を結ぶ、意外な共通点とは!?/嚴島神社、モン・サン=ミッシェル
今なお続く交流の物語
海に浮かぶ二つの信仰の地
宮島を歩いていると、フランス人観光客の姿をよく目にします。その理由は、宮島から約9,700キロメートル先にある"世界遺産"との意外な縁にありました。
その“世界遺産”とは、フランス北西部・ノルマンディー地方の沖合に浮かぶモン・サン=ミッシェル。小さな岩島の上に築かれた修道院で、1979年に世界遺産に登録。カトリックの重要な巡礼地の一つとしても知られています。
宮島にもまた、世界に誇る遺産があります。それが嚴島神社です。海上に建つ社殿と大鳥居で知られ、1996年に世界遺産に登録されました。古くから信仰を集める日本有数の神社の一つです。
モン・サン=ミッシェル
嚴島神社
こうした共通点から2009年、廿日市市とモン・サン=ミッシェル市は観光友好都市提携を締結。海に浮かぶ世界遺産同士として、海を越えたつながりは今なお続いています。
宮島に渡ってすぐの宮島桟橋にある特設コーナー
世界遺産がつないだ、甘い出会い
海を越えて生まれた宮島スイーツ
【やまだ屋】
宮島で有名な老舗和菓子店・やまだ屋の「宮島ポミエ」も、そのつながりから生まれた商品の一つ。
「ポミエ」はフランス語で“リンゴの木”を意味し、フランスのノルマンディー地方の名産物であるリンゴと宮島発祥のもみじ饅頭を掛け合わせて誕生しました。
リンゴの果肉入りカスタードクリームをふんわりとしたカステラ生地で包み込んだ一品です。店舗限定で販売されているため、宮島を訪れた際はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
リンゴの焼き印が可愛い宮島ポミエは1個170円
国際交流が生んだ新しい味わい
モン・サン=ミッシェルの塩を使った進化系もみじ饅頭【坂本菓子舗】
もう一つ紹介したいのが、表参道商店街から一本離れた町家通りに位置する坂本菓子舗。ここでは、モン・サン=ミッシェル近郊の塩とニュージーランド産バターを使用した「塩バターもみじ」を販売しています。
ここで、「ニュージーランド」という言葉に注目してほしいのですが、実はニュージーランドにある都市・マスタートンも廿日市市の姉妹都市の一つ。海外都市との友好関係をもとに、老舗もみじ饅頭店ならではの技術を生かしながら、和と洋の魅力を融合させた一品です。
定番のもみじ饅頭を食べ慣れた人にも新鮮な味わいで、旅のおやつやお土産にもぴったり。塩のほどよいアクセントとバターの風味が広がり、宮島スイーツの新たな魅力を感じさせてくれます。
餡のない新感覚もみじ饅頭
嚴島神社や弥山など日本古来の歴史だけでなく、実は海外との交流の歴史も息づく宮島。モン・サン=ミッシェルとの縁から生まれたスイーツを味わえば、いつもの観光とは少し違った島の表情が見えてくるかもしれません。
約9,700キロメートル離れた世界遺産の島同士を結ぶ物語を、スイーツを通して楽しんでみてはいかがでしょうか。
観光姉妹提携10周年を記念し、期間限定で設置された嚴島神社の鳥居
【DATA】
■やまだ屋
住所/廿日市市宮島町835-1
TEL/080-3352-3235
営業時間/9:00~18:00
休み/なし
■坂本菓子舗
住所/廿日市市宮島町455
TEL/0829-44-0380
営業時間/9:00~17:00
休み/不定休
ライトアップされた嚴島神社をたたえた海に、月明かりが映る。夜の宮島で十数年越しのお礼参り
十年以上前、結婚して東京から広島に移住するという報告をしたとき、仕事仲間のデザイナーがこんな話をしてくれた。
「広島といえば、少し前、妻と一緒に宮島に行ったんですよ。宮島の旅館に泊まって、夜、散歩をしたんです。
ほとんど満月の夜で、嚴島神社の周りの海に、丸い月明かりが映っていてね。
それがすごく綺麗で、妻と『綺麗だね~』ってずっと見ていたんです。
……そしたらね、授かったんですよ。」
長年、子どもを授からず、「もうそろそろ、あきらめるしかないかもしれないね」と話していた折のことだったという。
目の奥に広がった夜の宮島の情景とともに、夫婦の感慨が心に染みて、とても印象的だった。
その時点で、高齢出産に定義される35歳に差し掛かりそうだった私も、ひとごととは思えなかったというのもある。
その後、広島で夫の故郷の廿日市市に移り、当然のように市内で一番の名所である嚴島神社にお参りに行った。
日中だったが、海の中に建てられた風情ある境内に感動し、「平清盛ってとんでもないな」と圧倒されたのを覚えている。
ただ、夜の宮島を訪れる機会はなかった。
それから数年の間に3人の子を授かり、夜に出歩くこと自体、極端に減ったからだ。
そんなことを考えていたら、ふと、夜の宮島に行きたくなった。
あの日から、ずっと記憶の中に、自分で経験したかのような夜の宮島の風景があったのだ。
子どもたちもある程度大きくなった、今なら連れて行けるじゃないか。
───十数年越しのお礼参りだ。
せっかくなので、あの夫婦が見た、海に浮かぶ月明かりの嚴島神社が見たい。
宮島観光協会のウェブサイトにある潮見表で、夜の浅めの時間に満潮になる日を選び、子どもたちを誘って出かけて行った。
本当は宿泊できたら良いのだけど、夜になると便数が減るフェリーの時間さえ把握しておけば、日帰りでも夜の宮島を楽しめる。
夕方のフェリーに乗って、宮島へ。
島内を歩く人は日中に比べれば少ないが、思ったよりも人出がある。
嚴島神社の参拝終了時刻は、季節によって夕方の5時から6時までだ。
まずは久しぶりの参拝をする。
境内は人が少なく、厳かな緊張感がある。
───おかげさまで家族皆、元気です。ありがとうございます。
実はこのときまで、「夜の宮島に行きたい」ということが優先事項で、子を授かったのが嚴島神社にお参りをしたからだ、とまで思っていなかった。
ただ、実際にお礼参りをしてみると、いやいや、すべてつながっているじゃないか、と腑に落ちる。
あの日、デザイナーにあの話を聞いて、広島でここまで子育てができて、良かった。
参拝後、曜日によって夜も開いているお好み焼きの「まとちゃん」で食事をする。
宮島は観光客が帰る夕方で閉まる店が多いから、事前に調べておいたのだ。
お腹が満たされたあとは、日没待ちだ。
海辺の石段に並んで座り、空が暗くなるのをひたすら待つ。
天気が良かったので、思いがけず、海と空の壮大な夕焼けを見ることができた。
淡い水色の空を、オレンジ色の光が水彩画のように彩っている。
誰かと一緒に、海辺で日が沈むのを待つ時間は、とても贅沢だ。
いつもより少しやわらかい声で、ゆっくり話をする。
「今日は学校で、トモくんとトモトモと一緒に遊べたよ。」
末っ子の話は、幼馴染の「トモくん」と、その友だちの「トモ友」のことだ。
名前を呼ぶのが照れくさくて、ずっと「トモトモ」と呼んでいる。
一方で、娘の友だちには「知らん人」という人がいる。
その子も仲良しの子の友だちで、最初からあだ名で呼ぶのが気まずいので、お互いに「知らん人」と呼び合うようになったそうだ。
そしてある日、
「お、知らん人。」
「あ、知らん人。」
と、いつものようにあいさつを交わしていたら、横からぬっと「私も『知らん人』がいい」と言う子が現れ、今では3人で「知らん人」と呼び合っているという。
私は笑いながら「ちゃんと名前を呼ぶことで、良い友だち関係が築けるんだよ」、と親らしいことを言って、夕焼けに目を戻す。
そのとき海の向こうから、私が夫と知り合った当時、友人たちが彼をあだ名で呼ぶのを真似できなくて、結婚するまで「おにいさん」と呼んでいた記憶が、泡のように浮かんで消えた。
こんなところまでつながっていたか───。
と、なんだか力が抜けてしまう。
日が沈むと、夜の嚴島神社はライトアップされる。
夜の海に照らし出された嚴島神社は、膨大な時間に裏付けられた舞台のようで迫力がある。
一方で、どこか女性的で雅な美しさも感じさせる。
そういえば、嚴島神社の御祭神は、3人の女性の神様だったか。
「女性の神様だから、カップルで行くと嫉妬されて別れることになる」
なんてジンクスも聞いたことがあるが、そんなわけあるか、と思う。
いくらなんでも、神様が人の名前も呼べない庶民に嫉妬することはないだろう。
海水が境内の隅々までたっぷりと満たし、月明かりが静かに揺れている。
───この景色を見たんですね。
十数年ぶりに例の夫婦に共感して、ため息をついた。
華やかな嚴島神社とは対照的に、森のほうに目をやると、闇が深い。
「あっ、さかな!」
生き物好きの末っ子が声を上げた。
海の明かりの上を、魚がすっと横切ったのだ。
ライトアップされた嚴島神社と月明かり、そこを横切る魚の風景が、私のもう一つの「夜の宮島」の記憶となった。
宮島で涼を味わう ふわふわかき氷のカフェ&茶寮5選 広島をぎゅっとつめこんだ絶品氷菓
この「特別なひと品」を食べるために、宮島を訪れたくなる……そんな宝石のようなかき氷です。宮島巡りの1軒に、ぜひ加えてみてください。
広島産フルーツを贅沢に使ったシロップ
ふわふわ食感の氷にもこだわり/CAFE HAYASHIYA
向かって右:柑橘ヨーグルト1,800円
瀬戸内レモン、ネーブル、宮島産ゆず、沖美いちご、そして甘酒……色鮮やかな自家製シロップが、季節のフルーツとともに氷の上でキラキラ輝いているようなかき氷です。老舗製氷会社から取り寄せる氷にもこだわりが。
ゆっくりと凍らせた、純度の高い氷を丁寧にかくことで、このふわふわの食感に。まさに「高級洋菓子」のような風格なのです。
【DATA】
CAFE HAYASHIYA(カフェ ハヤシヤ)
住所/廿日市市宮島町504-5
TEL/080-1932-0335
営業時間/11:30~17:00(L.O.16:20)
休み/休業中につきInstagramで営業日をご確認下さい
新食感スイーツ…「ピンス」とは?
極上のくちどけを味わって/芝居茶寮 水羽
糸ピンス 宮島ロマン(もみじまんじゅう味) 1,500円
口の中でふんわりほどける……「ピンス」はパウダースノーのような口どけのスイーツです。中でも「糸ピンス」はミルクや果汁が氷の糸となってつむぎだされ、何層にも重なっている氷菓。繊細なミルクの甘さがとろけます。
旬のフルーツや揚げた紅葉まんじゅうのトッピングが楽しい。さらに練乳やバニラアイスを追加しても◎。
【DATA】
芝居茶寮 水羽
住所/廿日市市宮島町大町1-2
TEL/0829-44-1570
営業時間/10:30~16:00
休み/不定
抹茶の深みとあんの甘さ
もちもちの白玉にほっと和む/ぎゃらりぃ宮郷
宇治金時 (1000円+白玉トッピング100円)
美しい緑の抹茶が涼しげな宇治金時。ふわっふわの氷がやさしい口あたりです。ほどよいあんの甘さと、ほろ苦い抹茶の風味が、そっと疲れを癒してくれる「大人のかき氷」……もちもちの白玉は、ぜひ、つけていただきたいトッピングです。
趣深い古民家と、風情あるお庭の風景とともにゆっくりと時間を過ごしてください。
【DATA】
ぎゃらりぃ宮郷
住所/廿日市市宮島町幸町東表476
TEL/0829-44-2608
営業時間/10:00~18:00
休み/水曜
ほろ苦いほうじ茶が香る
大人のかき氷を楽しむ/宮島茶寮 千景
ほうじ茶きな粉かき氷(1,900円)
お茶好きな人にぜひ味わっていただきたいかき氷。濃厚なほうじ茶の氷の中にアイスをしのばせ、上にはまろやかなミルクときな粉をトッピング。
甘さとほろ苦さが絶妙なバランスで口に広がります。さらりといただけて、奥深い。老舗旅館、岩惣の離れで、四季折々の情景を楽しめる茶寮です。
心地良い静けさの中で、上質な大人時間を楽しんでみては。
【DATA】
宮島茶寮 千景
住所/廿日市市宮島町南町346
TEL/なし
営業時間/甘味11:00~22:00、BAR18:00~22:00
(甘味、お酒ともに終日提供)
休み/水曜、不定
老舗もみじ饅頭店が
素材からこだわった繊細な味わい/藤い屋 宮島本店 菓寮
特製いちごシロップ(800円)
もみじ饅頭の老舗、藤い屋の宮島本店に併設された菓寮。ゆったりと落ち着く店内でいただくかき氷は、上品で繊細な逸品です。
職人が炊いたあんを使った宇治金時に加え、目を引くのは鮮やかないちごのかき氷。いちごを煮詰めて作る濃厚なシロップは、果実のおいしさがぎゅっとつまった贅沢なひと品となっています。お好みで白玉や練乳のトッピングも。
【DATA】
藤い屋 宮島本店菓寮
住所/廿廿日市市宮島町 1129(海岸通り)
TEL/0829-44-2221
営業時間/ 9:30-17:00
休み/なし